画家になる!
それは自由な時間を手にいれること!!
「画家になる!それは自由な時間を手にいれること!!」
この言葉にガツンと衝撃を受けた❗
【名前】籏山隆志(はたやま たかし)
【年齢】1960年12月生まれ
【出身】愛知県(生まれも育ちも愛知県です)
【性格】冷静で優しいと言われます
【既婚】妻 長男 長女の四人家族
【職業】某自動車部品製造業 勤続40年の仕事人
【趣味】絵を描くこと、自転車散歩、読書、映画鑑賞
【目標】絵を描くことを仕事にする
【音楽】Led Zepplin、ヘビメタ系
【嫌いなもの】芋虫、毛虫の類
↓初の電子書籍出版です。ぜひ、読み放題でどうぞ。
ここまで来て頂き感謝!感激!です。
よろしかったら、最後までお付き合いして下さい。
サービス残業!サービス休出!!
「それがやる気の現れなんだっ!!!」 (゚Д゚)ハァ?
はじめて当ブログの管理人TAKこと籏山隆志と申します。
画家じーさんです。
私は愛知県内にある、某自動車部品製造メーカーに勤めております。
私の入社当時、昭和50年代の風潮は、
・サービス残業は当たり前
・サービス休出は当たり前
それが、やる気の現れだとばかりに評価の対象でもありました。
「ちょっと待てよ、だけどそれってその人の仕事の能力と関係無いじゃん!」
「何でそんな事してまで上へ上がらなきゃならないんだ?」
などと思いっきり反感を持ってて、一応班長候補だったんですが、一度もやりませんでした。
上司「何でお前はやらないんだ!!」
自分「何でそんな事やらなきゃならないんだ?!」
他の候補者の人達は、定時でタイムカードを打刻して仕事再開、でもって帰宅するのは午前さま。
ほとんどそんな毎日を繰り返してたんですね。
そんなんだからあっちこっちの部署に移動したんですが、
何処へ行ってもそんな調子なので出世街道なんかとは全く無縁でした。
自分の仕事にやる気も誇りも持てず、ただ妄想だけはガッツリありました。
では、どんな妄想してたかお話します。
自堕落、転落人生のはじまり
イラストレーターを目指してたんですね。
好きなことやって、好きなときに寝て、好きなときに起きて、どこにも雇われずに自由に生きる・・・なーんてことばっか妄想してました。
勤め人でしたが、20代後半から40歳になるまではイラストレーター目指して朝4時頃に早起きして絵を描いてました。
ですが途中で挫折、
「だめだこりゃ、絵描きじゃ喰えん」
「絵かきで食ってくなんざムリ」
「夢のまた夢っ」
てんでぜーんぶほっぽり出して、そん時まで描いてきた絵もほとんど捨ててしまって、
自分の努力不足を棚に上げてあきらめました。
そっから57歳になるまでほとんど転落人生のはじまりはじまり~ぃ。
思いっ切りブランク作りました~、40~57まで17年ほど絵を描くことから遠ざかってましたね。
そんなんで、よくもまあ画家を名乗ってんなって感じです。
その間なにやってたかって?
絵を描くどころか画欲すらもすっかり失せてました。
酒飲んでソーシャルゲームにうつつを抜かし、
(その頃スマホに入れてたゲームは20個はありました)
そんなこんなに飽きればYou Tubeのおもしろ動画で時間をつぶし寝床に入る。
そんな自堕落な生活をずーっと送っていました。
でも、でもですねこんな事をしてても、立ち止まって考える訳ですよ。
どっかしら心の声が聞こえるんですね
「お前なにしてんの?・・・なにしてくれてんの?!
今のお前がそんなんじゃ今の俺になるのなんて1000%ムリだぜ!!!」
なーんて声が・・・そう、思い描いた未来の自分から。
こんなことしてたら心も体も本当にダメになってしまう。
「だけど私ゃ何がやりたいんだ?何が出来るんだ?」
と、明確な目的も目標も持てないままモヤッとした思いをずっと抱えつつ日々を過ごしてました。
自分は何がやりたいんだ?!
空回りする思い
そんなこんなして勤続40数年、
よくまあそんなんでここまで持ったねーと呆れるやら感心するやら。
ですが、マンネリ化した毎日に嫌気が指し始めて来ました。
「毎日何かに追われる様に出勤」
「1日の拘束時間が10〜13時間にも及ぶ」
なーんて、あーたらこーたら、ぶすぶすぶすぶすブータレてばっかいました。
けど、けどですね・・・そんな中でふと立ち止まって考えるんですね。
「このままじゃダメだ!このまま再雇用で数年働き、
それが終わったらパートやアルバイトで収入得ながら、
年金もらって細々と生活して行くだけだ!」
で・す・が、
「そんな生き方まっぴらごめん乃助!」
そう思い、何かを追い求める気持ちが強ーくなる一方でした。
が、そんな中でチョコっと光明が・・・
一筋の光明が見えた!が、
イライラ!むかつきながらペンを握る?
私は幼少の頃から絵を描くのが大好きで暇さえあれば絵を描いてました。
幼稚園に通ってるときなんざ朝起きたらまずやることといったら、
紙引っ張り出して来てお絵かき開始でした。
ホントだったら登園のための準備をせにゃならんのにこの始末なんで、
当然のように母から、
「ああっ!?何やってんのっ?!よーちえん行く準備せんかーいっ!!」
って毎朝怒られながら絵を描いてましたね。
私の主な絵のスタイルは、黒色のペンで輪郭を描き、描き上がったら透明水彩絵の具で着色をする、と言うスタイルです。
自分の「好き」は何?
「こんなんじゃダメだ」
「なんとかしなきゃ」
って気ばっかり焦る中で、
いったん落ち着いて自分の人生の棚卸しをして自分に問いかけてみたんですね。
私はちっちゃな頃「なにが好きだったんだ?」「何に夢中になってたんだ?」って。
そりゃあなた、先にも言ったように「絵を描くのが大好き!!」でしょ。
「うおおおーっ、やったぜ、やりたいことが見つかったーっっっっ!」
って、
すんげーハイテンションで再開したんですよ。
が、 数年ぶりに握ったペンは、あろうことか思うように動きまっせん!
軽やかに、のびるように走ったペンが、
まるで初めて字を書く子供の様な線しか描けない。
「れれっ、こんなはずじゃ?・・・また以前の様に描きたい!」
私は焦りました。
ですが焦ったところで、
すっかり錆びついたウデがすぐ元に戻るわきゃありませんがな。
イライラしながらムカつきながらスケッチブックに向かう日々が続きました。
メンターとの出会い
再び挫けそうになって、
57歳になってた私は投げやりな気分でネットサーフィンしてました。
そこで目に入ったのが、
「画家になる、それは自由な時間を手に入れること」
と言うタイトルでした。
とある画家の方が運営されているブログでしたが、
私が今まで描いていた画家のイメージとは全く違うんですね。
「これだ!自分もこの人みたいに生きて行きたい!」
そりゃあなた、喰い付きますよ。
だってそうでしょ、自分が妄想してた世界をこの人現実にしてんだから。
その人のブログ記事を読みまくり、
メールマガジンへの登録、この人の絵のスタイルはアクリ絵の具ですが、
絵画教室への参加と続きます。
更にセルフプロモーションスクールと言う、
今まで聞いたこともない教室への参加。
自分が画家としてこの世に発信して行く、
ありとあらゆる手法を身に付ける為の教室です。
(セルフプロモーションスクールは定期的に開講してません)
私はこれからこの師匠(勝手にそう呼ばさせて頂いております)のもとで日々精進して行きます。
このブログは自分発信のためのものです。
自分の絵を売ったり教室開いたり、
自分の「好き」を仕事にして生きて行くために挑戦します。
どこまでやれるか分からない!
やってやれないことは無し!
やらずに出来る訳も無し!
あれもやった、これもやってみた、
最期はさんざん大暴れ、ダメ元でやってみようじゃありませんか!
学んで実行あるのみです。
「うおっしゃ!やるだけやってやろうじゃない!」
「自分の好きを仕事にして、人生楽しんで終わりを迎えたい」
なんかのドラマかマンガのセリフにありましたよね、
「わが青春にいっぺんの悔なーし」
なんて、言いながら私は最期に着陸するっ!ですね。
どうも最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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